Seat warming story 《2》Seat warming story 《2》「揺さんは来ないんですか?」 事務所近くの老舗の中華料理店でスタッフと慰労会。 無事初日を迎えたことを祝い円卓を囲みながら雑談に花が咲いていた。 ウナが日本に転勤になり、ワンモ理事が去った今、ビョンホンと揺のちょっと変わった関係を心から理解し共感してくれる人は事務所の中でもほんの数人だった。 「普通、恋人同士だったら何を置いても駆けつけそうな気がするけど。あ、すいません。立ち入ったこと言っちゃって」 最近ウナの代わりに転属になった女性スタッフが戸惑いながらそう口にした。 「いや。いいよ。そっかぁ・・普通はそうだよな。」 ビョンホンは笑って言った。 そして目の前のチャーハンをほおばる。 「俺たちは普通じゃないから。」 「どう普通じゃないんです?」 横にいたチケットを取ってくれた男性スタッフが不思議そうに尋ねた。 「どうって・・・・説明の仕様がないな。あいつに会ったことないんだっけ。まあ、会えば少しはわかるかもしれないな。今度こっちに来たら紹介するから家に遊びにおいでよ。」 ビョンホンはそういうと目の前の円卓を勢いよく回しエビのチリソースに手を伸ばした。 映画館に戻りハン・ソッキュの映画を観終わった揺はひとり明洞の街中をうろついていた。 何食べようかな・・・お腹がペコペコでグーグー音が鳴っていた。 「シゴルパッサン・・・?」 揺は不安を感じながらも恐る恐る店のドアを開けた。 とてもいいにおいが中から漂っていたのがその店に決めた理由だった。 「え、お客さん一人?」 店に入っていくとおばさんが驚いたように声をかけた。 「はい。そうなんですけど・・・いいですか」 「・・ええ、どうぞ。ほら入りなさいな」 おばさんは少し戸惑いながらも温かく迎えてくれた。 揺は思い出していた。 以前彼に聞いたことがある。 「韓国では大体みんな誘い合って食事に行くだろ。だからひとりでご飯を食べる人はよほど孤独な人か偏屈な人だと思われるんだよ。」 彼は白いご飯を口いっぱいにほおばりながらそう言っていた。 きっと私は孤独で偏屈な人だと思われているのかもしれない。 確かに食事は大勢でワイワイ食べた方が美味しい。 この国に来るようになってそれはとてもよく感じることだった。 「あれ・・・下さい。」 揺は隣のテーブルに座っている客が食べている韓定食らしきものを指差した。 「あ~シゴルパッサンね。はいはい。」 おばさんはそういって厨房の中に消えた。 「ちゃんとご飯食べられたかな・・・」 揺は忙しいであろう彼のことを心配していた。 「あ~食った食った。もうお腹いっぱい」 ビョンホンはお腹をさすっている。 「そんなに食べちゃって・・疲れてるんだし映画観ながら寝ちゃうんじゃないですか?」 スタッフの一人が笑って言った。 「バカ言え。初日だよ。初日。さすがに寝ないよ」 時計はもう22時を回っていた。 そろそろ映画館に向かうか・・・。 「悪い。誰か乗せてってくれないかな」 ビョンホンはスタッフに声をかけた。 「ヒョン・・渋滞してますよ。これじゃ始まるまでにつかないな・・」 運転席のスタッフが困ったようにつぶやいた。 「どうせ始まってからじゃないと入れないから少し遅れてもいいよ。」 ビョンホンはそう答え窓の外を見る。 遠くに明洞聖堂の明かりが見える。 (もうすくクリスマスか・・あそこ綺麗だったよな。あいつ見たことないよな・・たぶん) ふと揺にメールを送りかけだったことを思い出し携帯をあける。 「ありがとう。大勢の人が見てくれて嬉しい。揺が見るのは2ヵ月後か・・まだずいぶん先だな。見たかったら早くこっちにおいで クリスマスの夜景が見られるうちに。 君の恋人より」 送信・・・・ 明洞の夜景を見つめながら彼は携帯を閉じた。 「あ~美味しかった。また来ます。今度は大勢で」 揺は笑って言った。 「ああ。待ってるよ。今度は大勢でおいで」 おばさんが笑いながら答えた。 店を出ると外の空気は驚くほど冷たい。 コートの襟を立てて足早に歩く。 映画館はすぐそこ。 時計はもう22:30を回っている。 温かいコーヒーを買って席についた。 場所は一番後ろ左奥。 決していい席ではない。 席を取る時にふと彼の言葉を思い出した。 「自分の映画を一番後ろの隅の席から眺めるのがすきなんだ。客席の反応を見ながら観ている人の息づかいを感じながら自分の映画を観ている時が一番幸せなんだ」 ・・・だからこの席を選んだ。 彼を感じられる気がしたから。 もう間もなく始まる。 揺はコーヒーを一口のみ深呼吸をした。 彼と付き合い始めてから映画が公開になるのは初めてだった。 我がことのように緊張している自分に驚く。 こんな遅い時間にも関わらず座席は8割がた埋まっていた。 上映開始のベルが鳴る。 「彼に会える」・・・・揺の胸は高鳴った。 ビョンホンが映画館に着いたのは23時を少し回った頃だった。 最終上映とあってロビーは人気がなく閑散としている。 彼は入り口を抜けスクリーンに続く扉をそっと開けた。 彼の席は一番後ろの右奥。 そっと入り込み静かに座る。 まだ映画の予告編が流れていた。 席につき深く息を吸い込む。まもなく本編が始まった。 「さあ、勝負だ」彼は目を見開いた。 |